「ハマの大魔神」の愛称で知られる佐々木主浩。得意のストレートと「魔球」フォークで次々と打者を打ち取り、時代を代表する守護神となりました。
今回は、そんな佐々木主浩のキャリアや伝説をご紹介!佐々木主浩の華々しい活躍やエピソードを詳しく紹介していきます。
佐々木主浩のキャリア・成績・伝説まとめ
数々の記録を持ち、メジャーでも活躍した佐々木主浩のキャリアを振り返っていきましょう。
佐々木主浩のプロフィール
名前:佐々木主浩(ささきかづひろ)
入団:横浜大洋ホエールズにドラフト1位で入団
ポジション:ピッチャー
身長:190㌢
生年月日:1968年2月2日
佐々木主浩の所属チーム・キャリア・成績
東北高等学校
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東北福祉大学
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横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ(NPB)
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シアトル・マリナーズ(MLB)
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横浜ベイスターズ(NPB)
プロ歴:1990年〜2005年(15年)
成績:日米通算371セーブ、防御率2.54
最高年俸:6億5000万+出来高(NPB)、8億1000万(MLB)
受賞歴:最優秀救援投手5回、ベストナイン1回、月間MVP4回、ファイアマン賞5回など(NPB)
新人王、ルーキーオールスター・右投手部門、リリーフ投手部門(MLB)
記憶に残るプレー(NPB)
1998年、所属する横浜ベイスターズは大洋ホエールズから数え38年ぶりのリーグ優勝を決めました。この時、佐々木は51試合に登板。1勝1敗45セーブ、防御率0.64という驚異的な成績を残しチームに大きく貢献しました。また、捕手・谷繁元信とのバッテリーでは最優秀バッテリー賞を獲得しています。
佐々木主浩の伝説
名前が呼ばれると試合終了(NPB)
ベイスターズの9回を任されていた佐々木。相手チームからは「佐々木が出てきたら諦める」とまで言われていました。
佐々木の最大の武器と言えば、150キロ台のストレートと鋭く落ちるフォーク。主にこの二つの球種を使い分けていました。打者にとっては2択の選択となりますが、投げた瞬間は同じ回転で向かってくるため、打者は判断しづらく全く手を出すことができなかったようです。
4種類の魔球フォークを使い分ける(NPB/MLB)
佐々木は基本のフォークの他に、高めからストライクゾーンに入る球やシュート回転、スライダー回転で落ちる球を身につけ、試合展開によって4種類の使い分けしていました。
・ストライクを取るフォーク
・空振りを取るフォーク
・左打者の外に逃げるフォーク
・右打者の外に逃げるフォーク
佐々木の球は「消える魔球」と呼ばれ、打者は9回を一度もバットにかすめることなく終えることもありました。
最も記憶に残るクローザー(MLB)
1999年にFA権を行使し、メジャーデビューをした佐々木は、デビューからクローザーに抜擢されました。そして2000年から3年連続で30、通算129セーブを達成、新人王、2度のオールスター、MVPなど数々の賞を取得しました。
米スポーツ雑誌「スポーツ・イラストレイテッド」では「マリナーズで最も記憶するクローザー」に選出されています。
佐々木主浩のキャリア・成績・伝説まとめ
今回は、佐々木主浩のキャリア・成績・伝説についてご紹介させていただきました。
チームの絶対的な守護神として、9回のマウンドを守っていた佐々木主浩。彼が登場すると試合が終了するとも言われていました。
現在、ベイスターズには彼の意思を注ぐ「小さな大魔神」山崎康晃がいます。
昨年はスランプに苦しめられクローザーを譲ることになりました。復活を果たし、佐々木主浩のような絶対的な守護神となることを期待したいです。